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  <title>清田英輝のブログ</title>
  <subtitle>清田英輝が考えていること、大切にしていること</subtitle>
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  <updated>2026-07-28T00:00:00.000Z</updated>
  <author><name>清田英輝</name><uri>https://xn--c5ww6m2nme0l.com/profile/</uri></author>
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    <title>ネット社会における「再生」と向き合う覚悟</title>
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    <updated>2026-07-28T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-07-28T00:00:00.000Z</published>
    <category term="再生"/>
    <summary type="text">私の名前で検索すると、いくつかの記事が出てきます。隠すつもりはありません。自分自身がまさに「再生」の途中にいるからこそ、書いておきたいことがあります。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;株式会社グリンクの清田英輝と申します。現在は主に携帯電話の販売やイベント運営を行う営業会社を経営しています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;実は今、私の名前「清田英輝」で検索していただくと、インターネット上にいくつかの記事が出てきます。2〜3年前に少しつまずいたというか、自問自答した時期がありました。ネット社会では何かあるとすぐに拡散され、名前まで特定されてしまう時代です。私の場合も、裁判を含め色々なことが表に出ました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、現在は裁判もしっかりと執り行い、すべて解決しています。当事者間での裁判はすでに結着しました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私は「リブランディングマン」という活動の趣旨に共感していますが、自分自身もまさに「再生」の過程にあります。だからこそ、同じように悩んでいる人や企業の力になりたい。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、これは実際に修羅場をくぐった人間の実感です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このサイトも、その延長線上にあります。成功談だけを並べる場所にはしたくありませんでした。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>外から見える情報が、すべてではない</title>
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    <updated>2026-07-14T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-07-14T00:00:00.000Z</published>
    <category term="再生"/>
    <summary type="text">断片的な情報だけが残り続けるのが今の時代です。それでも私は、過去を否定するつもりはありません。それも含めて清田英輝という人間だと思っているからです。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;インターネットで私の名前を調べると、過去のトラブルや訴訟に関する記事が目に入ることがあると思います。インタビューでもこの話は隠さずに答えてきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;数年前、経営者としてつまずいた時期があったのは事実です。当事者間での裁判はすでに結着していますが、一度出た情報は消えません。断片的な文脈だけが切り取られて残り続ける。それが今の時代の難しさだと痛感しています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それでも、その過去を否定するつもりはありません。自らの成長の糧として受け入れています。外側から見える情報だけがすべてではないけれど、それも含めて清田英輝という人間である。その覚悟を持って経営に当たっています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;隠さずに書いておくほうが、結果的に信頼につながる。社員や取引先との関係の中で、私はそう学びました。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>「リブランディング」という考え方</title>
    <link href="https://xn--c5ww6m2nme0l.com/blog/rebranding-toiu-kangaekata.html"/>
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    <updated>2026-06-30T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-06-30T00:00:00.000Z</published>
    <category term="再生"/>
    <summary type="text">一度つまずいたとしても、そこからいかに再構築し、未来を創っていくか。私が自分自身を「再生」というキーワードで捉えている理由について。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;私は自分自身を「再生」というキーワードで捉えています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一度つまずいたとしても、そこからいかにリブランディング（再構築）し、未来を創っていくか。そこがいちばん大事だと思うようになりました。つまずかない人生のほうが立派だ、という考え方を私は取りません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ジャニーズJr.での挫折、若くしての成功、そして経営者としての試練。ばらばらの出来事に見えますが、全部が今の自分をつくっています。それらを血肉にしたうえで、同じようにネット上のトラブルや経営課題に悩んでいる人の力になりたいと考えています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;修羅場をくぐった人間にしか言えないことが、たぶんあるはずなので。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>12歳で見た、エンタメの世界</title>
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    <updated>2026-06-16T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-06-16T00:00:00.000Z</published>
    <category term="原点"/>
    <summary type="text">最初のキャリアは12歳で始まりました。何千人の前でスポットライトを浴びる感覚と、厳しいレッスンの日々。プロ意識の土台はここで決まったと思っています。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;私のキャリアの第一歩は、12歳という若さで踏み出されました。日本最大手の芸能事務所であるジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.として活動を開始しています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;活動していたのは、トップグループが次々とデビューする黄金期の一翼を担う時代でした。後に国民的人気グループとなるKAT-TUNさんなどのバックダンサーとして、国立代々木競技場での『SUMMARY』といった大きなステージにも立たせていただきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;当時を振り返って思うのは、厳しいレッスンの日々が私自身の「プロ意識」の土台になったということです。華やかなステージの裏側で、常に「自分の立ち位置」を意識せざるを得ない環境に身を置いていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;何千人という観客の前でスポットライトを浴びる経験は、後に経営者として人前に立つときの度胸に、確実につながっていると感じます。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>14歳での挫折と、その後ずっと残った感覚</title>
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    <updated>2026-06-02T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-06-02T00:00:00.000Z</published>
    <category term="原点"/>
    <summary type="text">誰に奪われたわけでもなく、自分の甘さで居場所を手放しました。「何もしなければ居場所はなくなる」。この恐怖はいまも消していません。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;私の芸能生活は、順風満帆なままでは終わりませんでした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;14歳になった頃、同年代の少年たちが経験する「遊び」や「自由」への欲求から、徐々にレッスンを休みがちになってしまいます。そうしているうちに呼ばれなくなり、気づけば同期のデビューが決まっていました。もう自分の席はないんだ、と。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;インタビューでは、この時期のことを「勝手に挫折してしまった」と表現しています。誰かに奪われたわけではありません。自分の甘さでチャンスを手放しただけです。14歳にして、「チャンスを逃せば、自分の代わりはいくらでもいる」という現実を突きつけられました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一度は音楽の学校にも行きましたが、努力せずに諦める癖がついてしまっていた時期もあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、この挫折感をただの失敗で終わらせたくはありませんでした。「何もしなければ居場所がなくなる」という恐怖は、いまも消えていませんし、消さないようにしています。それが次のフィールドへ向かうエネルギーになりました。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>16歳で飛び込んだ「営業」という戦場</title>
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    <updated>2026-05-19T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-05-19T00:00:00.000Z</published>
    <category term="原点"/>
    <summary type="text">駅で開いた求人雑誌の「時給1,300円、16歳からOK」という一行。電話をしてみたら、そこは訪問販売の会社でした。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;芸能界を離れた後、私は高校生になりました。16歳のとき、ふと手にした求人雑誌が運命を大きく変えることになります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;目を止めたのは「時給1,300円、16歳からOK」という、当時の私にとって非常に魅力的な条件の求人でした。電話をしてみたら、そこは訪問販売を主軸とする営業会社でした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ジャニーズ時代に培った物怖じしない性格を武器に、迷わずその世界に飛び込みます。担当したのは一般家庭を回る飛び込み営業という、大人でも音を上げるほど過酷な環境でした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;周囲は20歳以上の大人ばかりです。それでも必死に頑張ると、周りが褒めてくれる。居場所をなくした経験のある私にとって、この環境は思いのほか性に合っていました。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>16歳で月収50万円。そこで気づいたこと</title>
    <link href="https://xn--c5ww6m2nme0l.com/blog/16sai-gesshu-50man.html"/>
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    <updated>2026-05-02T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-05-02T00:00:00.000Z</published>
    <category term="仕事観"/>
    <summary type="text">数字そのものより大きかったのは「結果を出すと褒められる」という経験でした。営業とは、商品を売ることではないと腹落ちした頃の話です。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;営業の才能は、開始早々に爆発しました。16歳という若さで、多いときは月に50万円を超える収入がありました。普通のサラリーマン以上の稼ぎを得ることで、自分の力で生きていく自信がつきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なぜこれほどの結果を残せたのか。振り返ると、「相手の懐に入る」ことに全力を注いでいたからだと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私にとって営業とは、単に商品を売ることではありませんでした。目の前の顧客といかに信頼関係を築き、清田英輝という人間を気に入ってもらうか。そこに注力していました。一生懸命に取り組む姿を多くの顧客に応援していただき、それが数字となって返ってきたのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしてもう一つ、私を後押ししたのは「評価される喜び」でした。結果を出せば出すほど、周りの大人が褒め、認めてくれる。一度居場所を失った人間にとって、営業実績で勝ち取る自分の席は、何物にも代えがたい誇りでした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この感覚が、後に組織をつくるときの軸になります。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>独立の引き金となった「偽善者」という言葉</title>
    <link href="https://xn--c5ww6m2nme0l.com/blog/gizensha-toiu-kotoba.html"/>
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    <updated>2026-04-18T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-04-18T00:00:00.000Z</published>
    <category term="原点"/>
    <summary type="text">「お前が言っていることは偽善だ。実際に寄付をしたことがあるのか。現場に行ったのか」。悔しかった。でも、事実でした。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;自分の会社を立ち上げ、経営者の道を歩むことになった背景には、ある知人との激しい議論があります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;大学時代、友人たちとお酒を飲みながら将来の夢を語り合っていました。その際、私は「東日本大震災の被災地支援やボランティア活動など、困っている人を助ける仕事がしたい」という想いを口にします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、その場にいた一人から、予想だにしない言葉が返ってきました。「お前が言っていることは偽善だ。実際に寄付をしたことがあるのか？　現場に行ったのか？」という厳しい指摘です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;悔しかった。ただ、想いはあっても具体的な行動が伴っていない自分を、その場で自覚してしまいました。言葉だけの支援ではなく、実力を持って社会を変える必要がある。そう痛感したのがこの夜です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私の起業家精神は、この「偽善」という言葉に対する、私なりの反論から生まれたものだと思っています。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>「年商100億の社長になってから言え」への回答</title>
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    <updated>2026-04-04T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-04-04T00:00:00.000Z</published>
    <category term="経営"/>
    <summary type="text">突きつけられたハードルを、私は真に受けました。だったら本当にそれだけの会社を作って、堂々と社会貢献をしてやろうと。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;その知人はさらにこう続けました。「社員1,000人、年商100億規模の社長になって初めて、その想いは本物だと言えるのではないか」と。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ずいぶん高いハードルです。でも私は、この挑発を真摯に受け止めました。だったら本当にそれだけの規模の会社を作り、堂々と社会貢献をしてやる。そう決意を固めたのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;24歳という若さで独立を果たした原動力は、この時の「悔しさ」と「有言実行」の精神にあります。2014年2月4日、株式会社グリンクを設立しました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;遠回りに見えるかもしれません。それでも、自らがビジネスで成功を収めることが、最も確実に困っている人を助ける力になる。その確信は今も変わっていません。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>私が「褒める」ことにこだわる理由</title>
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    <updated>2026-03-17T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-03-17T00:00:00.000Z</published>
    <category term="組織"/>
    <summary type="text">人は褒められることで能力を最大限に発揮する。これは理念ではなく、16歳の自分が実際に体験したことです。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;私は自身の成功体験から、「人は褒められることで能力を最大限に発揮する」という信念を持っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;16歳の時に営業で結果を出せたのは、周囲の大人が私の努力を認め、賞賛してくれたからでした。技術でも根性でもなく、ちゃんと見てもらえたことが大きかった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから株式会社グリンクの組織運営でも、この「ポジティブな評価」を軸に置いています。若手社員や未経験者に対しても、小さな成功を見逃さず評価する仕組みを作ってきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;トップとして現場の声に耳を傾け、自ら鼓舞する。権威で引っ張るのではなく、社員一人ひとりの意欲を引き出す「共感型」のリーダーでありたいと思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;組織が活気を持てるかどうかは、結局そこで決まると考えています。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>1989年生まれ、等身大の私</title>
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    <updated>2026-03-03T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-03-03T00:00:00.000Z</published>
    <category term="日常"/>
    <summary type="text">デジタルネイティブでありながら、仕事を覚えたのは訪問販売という徹底的にアナログな現場でした。この二つが同居していることが、いまの判断をつくっています。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;1989年4月17日生まれの、いわゆるミレニアル世代です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;スマートフォンもSNSも当たり前の時代に育ちながら、私が仕事を覚えたのは訪問販売という徹底的にアナログな現場でした。新しい時代の感性と、泥臭い現場経験。この二つが自分の中に同居していることが、いまの判断のバランスをつくっていると思っています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;休日の過ごし方やプライベートな価値観においても、常に「人とのつながり」を大切にしています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;仕事と私生活を切り離すのではなく、清田英輝という一人の人間の人生として、あらゆる経験を楽しんでいきたい。そういう姿勢でいます。&lt;/p&gt;</content>
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    <title>私が描く10年後</title>
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    <updated>2026-02-17T00:00:00.000Z</updated>
    <published>2026-02-17T00:00:00.000Z</published>
    <category term="ビジョン"/>
    <summary type="text">「従業員1,000人、年商100億」は自慢のための数字ではありません。社会にどれだけ手を届かせられるかの目盛りだと思っています。</summary>
    <content type="html">&lt;p&gt;あの夜に約束した「従業員1,000人、年商100億」という目標は、私にとってまだ通過点です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これは自慢するための数字ではなく、社会に与える影響力の指標だと考えています。株式会社グリンクを日本を代表するサービス企業へと成長させるべく、今後もアライアンスの強化や新領域への投資を加速させていきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;特にメディカルサポートや福祉の分野において、より深い社会貢献を目指しています。自分の営業力と組織構築力を活かして、日本の抱える社会課題に自分なりのアプローチで挑みたい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしていちばん向き合いたいのは、やはり「再生」というテーマです。一度つまずいた人や会社が立ち上がり直すことを、きれいごとではなく手触りのある形で支えたい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私が描く未来には、いつも「困っている誰かの笑顔」があります。&lt;/p&gt;</content>
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